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まずは、先日見た映画のお話「北極のナヌー」。(そういえば、最近見た映画のポストが少なかったですね...)
北極に生きるホッキョクグマ”ナヌー”を中心とした物語。これが本当にかわいくて...最初はこの表紙のかわいさに負けて借りたのです.. (^^;
ナショナルジオグラフィック初の映画フィルムという事で、とても心弾ませて観ました。
最近は、「プラネットアース」を始めとした自然の力強さや美しさ・素晴らしさというものを魅せる内容が多い中で、差し迫っている危機を強く訴える作りとなっています。
北極に生きるホッキョクグマ・セイウチを中心とした実際の映像に、ナレーションが入るという構成になっています。
詳しい映画の内容は、実際に「北極のナヌー」を見て欲しいので省きます。
環境破壊の影響で温暖化の影響が著しい北極なのですが、その実情を目に焼き付けることが出来ます。
どんどん近づいてくる北極の氷の融解によるそれぞれの生き物達の生活の変化、暮らしの苦しさ、そして、それでも生きて行っている力強さ、そういう物が印象的に流れて行きます。
人間は自分たちの方が優れていると思っています。
確かに、道具の利用、火の利用、文字の発達等大きな躍進を経て、過去の事を学び、さまざまな経験を生かし、驚異的な技術(悪い技術含めて)や発見が目覚ましいけれども、
生きるという点を過信しすぎているふしがあるのではないだろうか?
今この世の中で生きている人間でさえ出来ていない、「親・子離れ」「計画的な採取」「仲間同士の協力」というものを映像を通してみせてくれます。
*厳しい世界で生きて行く為にこそ、心を鬼にして親離れさせる親の姿。
*自分たちの全ての食料を食べ尽くさないようにする為に、計画的に採取する群れ。
*一人の為にみんなが協力し合い、一人の為に自分が犠牲になる協力心。
確かに、それぞれに反論できる言葉はありますが、反論ではなくて全人類をとおして結果的に今出来ているかどうかというのがとても重要なのではないだろうか?
多くの動物から生きるという事に関してもっと学ぶ事が遺伝子等以外にも多いのではないかと思っています。
実際に人間は上記の事が出来ずに多くの文明が滅び、現在も資源を巡って争いが起こり、すでに取り尽くしてしまった多くの絶滅している動植物がいます。
現在の文明も、過去の文明同様せっかく今は過去から学ぶという手段があるにもかかわらず滅びる階段を着々と進んでいます。
この過去の文明の崩壊と現在の社会との比較、その他環境に及ぼす多くの事を書いているジャレド・ダイアモンド著の「文明崩壊上・下」があります。
とてもオススメなので、下にAmazonリンク貼っておきます。
実際にこの30年で北極の氷は夏の間無くなると言われていますが、実際はもっと早い段階で無くなる危険性も秘めています。
実際は無くなるよりも、どんどん薄くなっており、見た目は減っていなくても氷壁の薄さの減り具合が危惧されています。
そうすると、北極に生きる生物が生きられなくなる可能性があるだけでなく(それだけなら話は早いのです...)、
淡水量の増加と海温の影響による海洋大循環の停止、局地的な氷河期の到来、気候の大変動とそれにともなった食料生産への影響、貧困の拡大、衣食住を目的とした内乱や戦争への発展の影響、世界的な氷河期の到来。というとてつもない事が目の前に迫っています。(全部上げいくとキリがないので...こんな感じでまとめています。)
少なくとも自分(又は子供が居る場合は子供)が大きくなる頃には地球が住める世界になっているのか、はたまた住めない世界になっているのかがわかるそんな状況に立たされています。
自分の子供にせっせと貯金をしたり、進学させたりしても、
地球が住めない状態になってしまっては何も役に立たず、お金は紙切れ同然、進学も生きて行く世界が無ければ何も意味が無い....そんな岐路に今立っているのです。
まずは、出来る事からはじめよう。
必要な分だけ使う、きれいに使う、要らない物はもらわない。
世界はみんなで使っている家です。
自分の”部屋(住い)”がきれいでも自分が住んでいる”家(地球)”が汚くて暮らして居られるでしょうか?
自分達の生活しているところを見直す頃に気ているそんな気がしています。
わかりやすいのは家の近くの川を見たり、目の前の下水を見たりというのがとてもわかりやすいと思われます。
これから微力ながら自分で何が出来るかなぁ?と思って、とりあえずもう少し深く掘り下げたブログの記事内容にしようかと思って
今回から長めに綴る事にしています。
関連記事の掲載(現在まだ整理中ですが...)やRSSリーダーで購読がしやすいようにボタンを追加したりしてみました。〆
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